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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)6523号 判決 1963年10月04日

第三六五五号事件・第六一三七号事件・第六五二三号事件 原告 喜多綱一

第三六五五号事件・第六一三七号事件 被告 志賀竹夫

第六一三七号事件 被告 下田千代 外六名

第六五二三号事件 被告 町井久之

主文

一、被告田栗敏男および被告社団法人アメリカンソサエテーオブジヤパンは原告に対し別紙目録<省略>記載の建物のうち二階、中二階の明渡をせよ。

二、原告の被告らに対する請求のうち別紙目録記載の建物につき原告が占有回収を求める権能(民法第二〇三条の擬制的占有権)を有することの確認を求める部分はいずれも却下する。

三、原告のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は原告と被告田栗敏男および被告社団法人アメリカンソサエテーオブジヤパンとの間においては右被告両名の負担とし、原告とその余の被告らとの間においては原告の負担とする。

五、此の判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告の申立

(一)  昭和三一年(ワ)第三、六五五号事件につき

1 被告志賀竹夫は原告に対し別紙目録記載の建物を明け渡し、昭和三〇年五月二六日以降右明渡済まで一ケ月一五〇、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行の宣言を求める。

(二)  昭和三二年(ワ)第六、一三七号事件につき

1 原告と被告志賀竹夫、同下田千代、同岩橋勝一郎、同高柳道生、同高柳有限会社、同落合義男、同田栗敏男、同社団法人アメリカンソサエテーオブジヤパンとの間において別紙目録記載の建物につき原告が右被告らに対し占有回収を求める権能(民法第二〇三条の擬制的占有権)を有することを確認する。

2 被告下田千代、同岩橋勝一郎、同高柳道生および同高柳有限会社は各自原告に対し昭和三一年八月一七日より昭和三二年五月一一日まで一ケ月一五〇、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3 被告落合義男、同田栗敏男、同社団法人アメリカンソサエテーオブジヤパンは原告に対し別紙目録記載の建物を明け渡し、各自昭和三二年五月一二日以降右明渡済まで一ケ月一五〇、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は被告らの負担とする。

5 右2ないし4につき仮執行の宣言を求める。

(三)  昭和三二年(ワ)第六、五二三号事件につき

1 原告と被告町井久之間において別紙目録記載の建物につき原告が同被告に対し占有回収を求める権能(民法第二〇三条の擬制的占有権)を有することを確認する。

2 被告町井久之は原告に対し別紙目録記載の建物を明け渡し、昭和三二年五月一二日以降右明渡済まで一ケ月一五〇、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 右2と3につき仮執行の宣言を求める。

二、被告志賀竹夫、同下田千代、同岩橋勝一郎、同高柳道生および同高柳有限会社(以下被告志賀他四名という)の申立

(一)  昭和三一年(ワ)第三、六五五号事件につき

原告の請求を棄却する。

(二)  昭和三二年(ワ)第六、一三七号事件につき

1 被告志賀竹夫に対する原告の訴を却下する。

2 その余の被告らに対する原告の請求を棄却する。

3 右1の申立が容れられないときは

被告らに対する原告の請求を棄却する。

三、被告田栗敏男、同社団法人アメリカンソサエテーオブジヤパンおよび同町井久之(以下被告田栗他二名という)ならびに被告落合義男の申立

(一)  昭和三二年(ワ)第六、一三七号事件につき

原告の請求を棄却する。

(二)  昭和三二年(ワ)第六、五二三号事件につき

原告の請求を棄却する。

第二、請求の原因

(要旨) 原告は別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を占有していたところ、被告志賀竹夫は昭和三〇年五月二六日原告の占有を侵奪し、被告下田千代、同岩橋勝一郎、同高柳道生および同高柳有限会社(以下下田他三名という)は、右事実を知りながら、昭和三一年八一月七日頃から被告志賀と共同して右建物を占有し、被告落合義男ならびに被告田栗他二名は、右事実を知りながら、昭和三二年五月一二日頃被告志賀他四名から占有を侵奪して現在右建物を占有している。よつて原告は、その占有を侵奪した被告らに対し占有の回収を求め得るのであるから、その権能があることの確認と、現に占有している被告らに対してはその占有の返還を求め、かつ原告が現実に占有できなかつたことによる賃料相当額の損害の賠償を求める。

一、原告は、昭和一五年六月二〇日本件建物を、当時の所有者石川禎から、賃料一ケ月四〇〇円で期間の定めなく賃借し引渡を受け、その後同人の同意を得て改造増築等をなし現状のような建物とし、ここでその頃からキヤバレーおよび遊技場等を経営し、昭和二八年四月頃まで営業し、昭和三〇年五月まで引き続き本件建物を占有していた。

右五月当時、原告は、本件建物一階にパチンコ機械一一七台を設置し、二階にキヤバレー用椅子およびテーブルを約六〇組を置き、三階に田村与四郎、同ノリ夫婦を留守番として起居させ、一、二階には原告の表札を掲げて占有を表示していたのである。

二、ところが、被告下田は、昭和二九年一一月九日本件建物を石川禎より買い受け、昭和二九年一一月一七日、原告に対し賃貸借解除を理由とし東京地方裁判所昭和二九年(ヨ)第八、九八六号仮処分決定に基き、原告の本件建物に対する占有を執行吏に移転し、執行吏は、さらに原告にその使用を許す旨の仮処分(以下この種の債務者に使用を許す仮処分を現状維持の仮処分という)を執行したが、これによつては被告下田自身が建物を使用することができないため、内縁の夫被告岩橋および関根組の配下である被告志賀と共謀し、馴合の仮処分により被告志賀に事実上占有を取得させた上、その背後から被告下田が本件建物を使用しようと企て、次のとおり侵奪行為に及んだ。

(一)  被告志賀は、昭和三〇年五月二一日午後九時頃、家具毛布等を持参し、暴力をもつて本件建物に侵入しようとしたが、原告が来場を求めた警察官によつて阻止されて目的を遂げなかつた。

(二)  それにも拘らず、被告下田は、あたかも被告志賀が本件建物に不法侵入しかつ原告においてこれを占有していない如く虚構の事実を申し述べて、同年五月二三日、東京地方裁判所昭和三〇年(ヨ)第二、八五八号により被告志賀および田村与四郎を相手方とする被告志賀につき一、二階、中二階、田村につき三階に対する現状維持の仮処分を申請し、同月二五日その旨の仮処分決定を得、同時にこれが執行の障害となる被告下田より原告に対する前記昭和二九年(ヨ)第八、九八六号仮処分の執行を解放し、翌二六日執行吏西直吉に委任し右仮処分決定を執行した。

その執行に際しては、被告志賀が原告の留守中執行吏より三〇分位前に本件建物に侵入して、原告の表札を剥がし、その什器家具その他の荷物を戸外に持ち出し、同被告の表札を掲げ、原告の留守番田村ノリがこれに抗議している間に西執行吏が来場し、同執行吏は、原告側の占有の主張を故意に無視し、不当に被告志賀の占有するものと認定し、一、二階、中二階の占有を執行吏に移し執行吏は債務者として同被告にその使用を許す趣旨の仮処分を形式上執行したのである。

かくて同被告が以後本件建物の一、二階、中二階を占有することとなつたわけであるが、右仮処分は原告を当事者とせず、原告から被告志賀に対する引渡そのものについては決定中になんら表示していないことで、同被告は、右日時右虚構の事実を前提とする仮処分決定の執行に名を藉り、事実上仮処分外の執行吏の威力を利用して、不法に実体上原告の占有を侵奪したものである。

(三)  よつて、原告は、昭和三〇年八月二日、東京地方裁判所昭和三〇年(ヲ)第一、〇〇一号執行方法に関する異議申立事件をもつて右仮処分執行不許の決定を得、翌三日その執行をしたうえ、同年八月一一日、同裁判所同年(ヨ)第四、四八九号のいわゆる断行の仮処分の執行により、一旦被告志賀を右占有部分から退去させ、執行吏保管のもとに原告がその使用を許されるに至つた。

一方被告高柳道生、訴外山本解寿は昭和三一年四月二日競落により本件建物の所有権を取得し、同年八月一七日原告に対し第三者異議の訴を提起したが、これより先同月一五日これを前提とする同年(モ)第四、七五三号事件をもつて右断行の仮処分の執行の取消決定を得、同月一七日その執行をなしたため被告下田より被告志賀に対する前記昭和三〇年(ヨ)第二、八五八号の仮処分が復活する形式で被告志賀が一、二階、中二階の占有を回復したのである。

三、そして、同日被告志賀は右侵奪による占有を被告高柳と訴外山本に移転し、次いで右両名は同年九月五日これを被告岩橋に移転し、さらに岩橋は翌昭和三二年四月二五日これを被告高柳有限会社に移転した。被告下田も被告高柳らと同じ頃から占有を取得するに至つている。

そして、被告下田、同岩橋、同有限会社および同高柳らは、被告志賀と共謀して原告の占有を奪つたものであるが、又は占有侵奪につき悪意で被告志賀から占有を承継したものであり、右共謀又は悪意の点は次のところから明白である。すなわち、被告下田は、前記のように仮処分を執行して被告志賀をして原告の占有を侵奪させたものであり、被告岩橋は被告下田の内縁の夫であることから右侵奪について通謀していたものである。被告高柳は、訴外山本と共同で本件建物の競落人となつているが、これを指揮し実行させたのは被告岩橋であり、かつ被告高柳も右占有侵奪につき被告下田および被告岩橋らと馴合であつたものであるし、そうでないとしても、前記第三者異議の訴を提起し、原告の被告志賀に対する断行仮処分を取り消した者であることから見ても右断行の仮処分の理由を調査知悉していた筈であり、原告の右仮処分申請書中には被告志賀の不法侵奪者たることを強調しているので被告岩橋と意思を通じ右事実を知つていたものである(かりに被告高柳本人が悪意でなかつたとしても、同被告の代理人として行動した堀内弁護士らが右事実を知悉していたのでその責を免れない)。そして被告高柳有限会社は、被告下田および被告高柳が代表取締役で被告岩橋がその社員であつた。被告志賀はもともと自ら本件建物を使用する必要があつたわけではなく、これらの者のため、その手先となつて原告の占有を侵奪したものである。

四、しかして、その後、被告田栗、同社団法人アメリカンソサエテーオブジヤパン、同町井、訴外藤田他一〇数名の暴力団が、昭和三二年五月一二日より同月二六日までの間に、前記山本の共有持分を譲り受け後に単独所有名義人となつた被告落合の代理と称し、本件建物は同被告の所有であるという口実で、本件建物の一、二階、中二階に対する被告高柳有限会社の占有ならびに三階に対する原告の留守番田村与四郎の占有(被告下田の田村に対する前記二の(二)の昭和三〇年(ヨ)第二、八五八号の三階についての現状維持仮処分の執行が昭和三一年三月三〇日解放されたので、その時より田村は以前の状態に復して原告の留守番として三階の居住を継続していたのである)を侵奪して、以後被告田栗、同社団法人アメリカンソサエテーオブジヤパン、同町井、同落合が本件建物を共同で占有し現在に至つているのである。

そして右被告らは、事前に調査して、被告志賀他四名が原告の占有を侵奪したものである事実を知りながら、共謀の上、本件建物の占有を侵奪したものであり、そうでないとしても、右のように暴力で占有を侵奪したもので、先の侵奪者との合意により引渡を受けた特定承継人ではないから、その善意悪意を問わずこれに対し原告の占有権を主張できる筋合である。

五、よつて、原告は、被告らのうち被告田栗、同落合、同町井および同社団法人アメリカンソサエテーオブジヤパンに対してその明渡を求め、被告ら全員に対しその各占有期間中占有侵奪によつて原告の蒙つた損害(その額は賃料相当の一ケ月当り一五〇、〇〇〇円を相当とする)を賠償すべきことおよび原告が被告らに対し「占有回収を求める権能」(もしこの文言が法律上不当であるとすれば、民法第二〇三条の擬制的占有権)があることの確認を求めるため本訴に及んだ。

なお、確認請求の対象および利益は次のとおりである。

(一)  確認の対象

民法第二〇〇条と第二〇三条但書により、占有を侵奪された者が占有回収の訴を提起するときはその侵奪を排除することができるのであるが、その訴の提起により現に占有しない侵奪者に対しても、被侵奪者は占有を奪われなかつたのと同様に取り扱われ保護されるわけであるから、勝訴判決の確定前でも引き続き占有を維持するものとして占有権者であることに変りがない。ただ敗訴の判決が確定したときにのみ解除条件的に遡つて無権利者となるに過ぎないと解される。したがつてここにいわゆる「占有の回収を求める権能」とは、占有を侵奪しても現に占有しない者は占有回収の宛名人にならないが、現に占有する者に対する占有回収の訴の提起によつて侵奪された占有を維持するものと看做され被侵奪者は右法条により擬制的に占有を継続するものとして現に占有しない侵奪者に対しても、占有回収請求権が認められることになる。かかる占有回収請求権は占有回収訴権を有しない点でその権利とは異るので、これを表現する適当な用語に苦しみ「占有回収を求める権能」と仮称したのであるが、または別に「民法第二〇三条の擬制的占有権」と称して差支えない。なお現に占有する侵奪者との関係においても占有回収の権能のあることはいうまでもない。要するに現に占有しない侵奪者との間においても右のような擬制された占有権に基く法律関係が存在すると考えられる。

(二)  確認の利益

1 一般的にいつて、義務者が権利者の権利関係の存在を否定する場合には、これが裁判所の判決において公けに確認されることは、爾後その権利関係を取り扱うについて権利者に多大の利益をもたらす。そして或る物件の引渡を請求する場合に、その請求原因中には必ず、(イ)その請求の原因をなす基本権(所有権、債権等)の存在の確認、(ロ)その基本権の発動として(期限の到来等により)引渡を求め得る状態になつた、物上請求権等による引渡請求権の存在の確認、(ハ)目的物の引渡そのもの、の三種の法律関係の判断を求めているのであり、右三種の権利関係を相手方が争う場合には、これをそれぞれ請求の趣旨に掲げる必要がある(もつとも、右(ロ)の権利の発動としての引渡請求権の確認と(ハ)の引渡の請求とは、認容されるときも棄却されるときも常に表裏一体をなしているので、趣旨に別ケに掲げる必要はない)ところ、本件においては、右にいう基本権たる擬制的占有権そのものが学われ、従つて右三種のいずれについても明白な判断を受ける利益がある。

2(イ) 最初原告は、併合の昭和三一年(ワ)第三、六五五号事件により被告志賀に対して訴を提起したが、同被告は既に占有を第三者に移転し所持を有しないので、占有物の返還の訴としてはその要件を欠き棄却されるおそれがある。

しかし、前記擬制的占有権を保有するかぎり、原告はその占有の保護を受けるため、占有の承継者に対し民事訴訟法に従い訴訟承継の手続を求め又は承継者に新たな訴を提起することができるわけであるけれども被告らは原告のこの擬制された占有関係を争うので、特にこの確認を求める必要がある。

訴の主観的併合には、請求の趣旨および原因(目的たる基本的権利)が同一又は同種であることを必要としているところ、本件において、原告の請求は、或る被告には確認のみ、或る被告には損害賠償、或る被告には明渡を求めていろいろ相違するが、いずれも同一の基本的権利すなわち擬制的占有権に基きかつその存否の判断を求めているものである。

したがつて本件の共同訴訟を維持し判決を求めるためには、これが右基本権によつて関連し併合されていて請求の趣旨が同種であることを明らかにするため、その基本的法律関係の存在の確認を求めておく必要がある。

第三、被告志賀他四名の答弁

一、請求原因第一項につき、原告がその主張の頃所有者石川禎から本件建物を賃借したこと、ここでキヤバレーおよび遊技場を経営したことがあること、原告が昭和三〇年五月二一日まで本件建物を占有していた(但しその権限は争う)ことは認めるが、その余は認めない。

なお、右賃貸借は昭和三〇年二月二六日頃被告下田からの解除の意思表示により消滅した。

二、同第二項の(一)および(二)につき、原告主張の日に原告主張のように、被告下田から原告に対する東京地方裁判所昭和二九年(ヨ)第八九八六号現状維持の仮処分の執行、その解放および被告下田から被告志賀と田村与四郎に対する同裁判所昭和三〇年(ヨ)第二、八五八号現状維持の仮処分の執行があつたことならびに被告志賀が原告の意思に反して一、二階、中二階の占有を取得したことは認めるが、その他は否認する。

被告志賀が占有を始めたのは昭和三〇年五月二一日からであり、当時本件建物は三階の一隅に田村与四郎夫妻が寝泊りするだけで、一階、二階、中二階はほとんど無人の空家同然の状態で三年間も放置されていて、そこへ被告志賀が右の日の夕刻家財道具を持ち込んで占有をはじめたのであつて、原告主張のようにその主張の仮処分執行に際して占有を侵奪したものではない。

また、本件建物が右のような状態であつたから、西執行吏が被告志賀の現実的支配の存在を認めて原告の占有を認定しなかつたことに過誤はない。

同項(三)は、被告志賀が従前の占有を回復したことは否認するが、その他は認める。

三、同第三項中、被告岩橋、同高柳、同高柳有限会社が本件建物を占有したことならびに被告下田と同岩橋が内縁関係にあることは認めるが、その他は否認する。

被告高柳および同岩橋は、訴外山本解寿と共に昭和三一年八月一七日被告志賀から一、二階、中二階の引渡を受け、次いで同年一二月頃代理人弁護士堀内正己を通じて三階に居住していた田村与四郎より任意にその引渡を受け、その後被告高柳は任意に退去し、かくて被告岩橋、同高柳有限会社ならびに山本が昭和三二年五月次項記載のように被告落合らに占有を侵奪されるまで本件建物全部を占有してきたのである。

しかし、被告高柳、同岩橋および同高柳有限会社が被告志賀と侵奪につき共謀した事実はない。また被告下田が右の頃以後本件建物の占有を取得したことはない。

被告高柳および訴外山本は、当時の共有者であつて、所有権に基き被告志賀から建物の任意引渡を受けたものであり、善意の承継人である。それより以前右両名は、昭和三一年三月本件建物を競落するに際し、その三階の一隅に田村与四郎夫妻が寝泊りするだけで、表入口は閉鎖され、内部は階下、二階とも古びた椅子、テーブル等が埃にまみれて乱雑に置かれ、全体として無人の廃屋同然の状態にあることを検分して、事実上原告の使用関係が存在しないことを確認し、また、法律上も原告の右建物に対する賃借権が解除により消滅していることを確認し、競売公告中に賃貸借関係なしとの記載があるのを信じ、被告志賀がかつてこの建物を占拠した事実および追い出された事実等は全然知らずに競落に及んだもので、その後原告主張の断行の仮処分により原告に占有があることを知つて、第三者異議の訴を提起し、右仮処分命令の執行取消を申請したものであるけれども、右訴および申請は、原告の断行仮処分の被保全権利たる賃借権および占有権が消滅しもしくは右両名に対抗し得ないことを理由とし、これに対し原告は賃借権とこれに基く占有権の存続を主張して裁判上の抗争を続けたもので、昭和三〇年五月当時における被告志賀の占有侵奪の有無等は全く論議判断の対象となつていなかつたのであるから、右訴および申請の提起をもつて右両名の悪意を推認すべきではない。そして昭和三一年八月一七日右断行処分執行取消決定に基く執行に当り、被告志賀が執行吏から本件建物の引渡を受けたのは、同被告が自己のためにする意思によるものではなく、右執行の結果にすぎず、同被告は直ちにその場で被告高柳および山本に明け渡してしまつたのであるから、右両名がその承継取得した前主志賀の占有が不法侵奪によるものであることの認識を持つに至らなかつたことは当然である。

のみならず、客観的にも、仮に当初の被告志賀の占有が侵奪によるものとしても、後記のように、原告の断行仮処分の執行に際し、原告の代理人たる執行吏に任意引渡したことにより、被告志賀の占有は終了し、その瑕疵は払拭されたものであり、かつ被告高柳および山本はかく信じて占有を取得したものである。

四、同第四項中、原告主張の頃、被告田栗、同社団法人アメリカンソサエテーオブジヤパン、同落合、同町井らが本件建物に対する被告岩橋および同高柳有限会社の占有を侵奪し、現在までこれを占有していることは認める。

五、同第五項につき、被告らに損害賠償義務のあること、本件建物の賃料相当額が一ケ月一五〇、〇〇〇円であることならびにその主張の擬制的占有権の存在、その確認の利益はいずれも認めない。

1  損害賠償請求について、

占有侵奪に基く損害賠償請求については、その成立の要件、効果は不法行為の規定に従うべきところ、被告らのうち被告高柳および同高柳有限会社はいずれも占有の特定承継人であり、それぞれその占有の取得に当り占有侵奪もしくは加害についての故意過失は全くなかつた。被告高柳は、所有権に基きその完全な支配を回復する趣旨で、被告志賀から既に瑕疵のない占有を承継取得したにとどまり、被告高柳有限会社はその営業目的のため本件建物を被告高柳から借り受けたのであつて、原告の権利を侵害するという認識のありうべき筈はない。被告岩橋は、当初から被告高柳又は同高柳有限会社のためその代理人又は占有補助者たる立場で本件建物を使用したにとどまり、被告高柳および同高柳有限会社が損害賠償義務を負わない以上、被告岩橋にもその義務はないものである。被告下田が被告志賀と共謀して占有を侵奪した事実はない。

2  確認請求について

(イ) 民法第二〇三条但書の法意は、占有回収の訴に勝訴し占有を回復した場合に限り初めて被侵奪者の従前の事実的支配が当初から失われなかつたものとみなされるというにとどまり、原告主張のようにその訴の提起自体にそのような擬制的効力が与えられているものではない。

(ロ) 仮にかかる権利が存在するとしても、その主張の趣旨からみて、占有権そのものではなく、占有権より生ずる物上請求権の一態様としての返還請求権を意味するものと解され、結局原告の訴の趣旨は占有の侵奪を原因として、その被奪物件の返還と損害の賠償を請求することに帰着するものと思われるのであるが、このような場合には、請求の趣旨として直接その侵奪者又はその特定承継人に対して被奪物件の返還を求めることを明示するだけで十分であり、それ以外にその返還請求権そのものの確認を求める必要はなく、したがつて確認の利益はない。

第四、被告志賀他四名の主張

一、二重起訴による却下の抗弁

原告は被告志賀に対し昭和三一年(ワ)第三、六五五号をもつて本件建物の占有回収を求めているにも拘らず、さらに併合の昭和三二年(ワ)第六、一三七号をもつて右請求中に包含されると解すべき原告主張の権能の確認を求めるのは、重複起訴の禁止に牴触すること明らかな不適法な訴であるから、かかる確認を求める訴は却下されるべきである。

二、出訴期間(除斥期間)徒過についての抗弁

占有返還請求ならびに占有侵奪に基く損害賠償請求の訴は、侵奪者に対するとその悪意の特定承継人に対するとを問わず、侵奪のときから一年内に提起すべきであり、この制限は、侵奪者に対して侵奪後一年以内に訴を提起しているときでも、その特定承継人に対して訴を提起するについて同様に適用されるものと解すべきところ、原告の主張自体によれば、原告の占有が昭和三〇年五月二六日に侵奪されたというのに、被告志賀に対する損害賠償請求は、昭和三二年七月八日付「請求の趣旨追加拡張の申立」と題する書面により同日提起されたものであり、被告下田他三名に対してはその占有返還、損害賠償請求とも昭和三二年八月二日提起されているので、右各請求権はいずれも右期間の徒過により消滅に帰している。

三、侵奪終了についての主張

原告は、昭和三〇年八月一一日その主張の昭和三〇年(ヨ)第四、四八九号断行の仮処分の執行により、原告が直接本件建物を占拠使用することを許されたことによつて、その占有を回復したものであるから、それ以前の被告志賀の占有侵奪を理由として占有回収を求めることはできない。すなわち、

1  執行吏は、右断行の仮処分の執行により、被告志賀の占有を全面的かつ現実的に排除し(執行吏としては直接的にも間接的にも執行債務者のために占有するところは全くなく、被告志賀と執行吏との間に、代理占有関係その他間接的占有関係はなんら残存しない)、自己単独の直接的現実的な支配、すなわち実体法上の直接占有権を取得し、これを原告に使用させることによりこの直接占有を原告に帰属させるに至つたものと解すべきである(この点については議論の別れるところではあるが、後記の仮処分の執行状況に照らすときはかく解するのが至当である)。

右仮処分が暫定的な処分だからといい、また執行機関の行為が暫定的措置だからといつて、その処分又は行為の実体法に及ぶ影響を否定できない。そしてその仮処分が後に取り消されても仮処分の執行にとつて一旦発生した法律効果は既往に遡つて消滅されるわけではないから、被告志賀の侵奪による占有は消滅に帰したものというべきである。

2  右のとおり、右断行の仮処分執行の効力として原告の占有回復が肯定できるのみならず、右の執行の現実の態様からもこのことが認められる。

(イ) 右仮処分の執行にあたり、昭和三〇年八月一〇日執行吏が現場の占有関係を調査したところ、占有者は執行債務者被告志賀とその妻子のみで他に占拠者のないことを確認し、仮処分命令の趣旨に従い同被告に任意退去すべく諭告したところ、同被告は取り片付けのため一日の猶予を懇請し、翌一一日執行を続行したところ、再び同被告は一旦猶予を求めたが、債権者の即時断行の要求によつて、執行吏は排除の断行を宣し、同被告は、これを了承して、債権者代理人の連れてきた人夫と共に動産を屋外に搬出し、用意したトラツクに積載して退去した。そして執行吏は、本件建物内を検したところ、一品の遺留品もなく全く空室となつたので、即時債権者原告にその使用を許した。

(ロ) かくして本件建物の直接の占有は執行吏を経て原告に移転し、以後原告は後記執行取消の昭和三一年八月一七日まで本件建物を直接的かつ現実的に占有使用を継続したものであり、これと同時に被告志賀の建物占拠は完全かつ終局的に排除され終熄させられたのである。

右の経緯をみれば、被告志賀は既に右仮処分執行の際占有意思を放棄していたのであつて、むしろ同被告の占有の終了は、明渡断行の仮処分の執行によるというよりは、任意の占有移転による返還というべく、しかもこの場合同被告は本件建物を終局的に返還してしまう意思であつたのである。

3  そしてその後被告高柳と山本より原告に対するその主張の第三者異議の訴を前提とする右断行仮処分取消決定に基いて、昭和三一年八月一七日、執行吏はこれが執行として右断行の仮処分の執行前の状態に回復すべく、債権者原告の占有を現実的に解いて右執行当時の空室状態に復したうえ、債務者である被告志賀にこれを返還し、ここにおいて、原告は以後本件建物に対する占有を喪失し、被告志賀が右執行吏から引渡を受けることにより、適法かつ平穏に占有を取得したのである。すなわち、この時における被告志賀の新たな占有の取得は、原告の意思に反し占有を奪取したという占有侵奪の要素は全くなく、すべて執行機関による適式な執行の結果である。しかもその直前の占有者である原告もしくはその占有代理人執行吏の占有は、右明渡断行の仮処分により従前の瑕疵が払拭されもしくは終熄されていたものであつて、被告志賀のこのときの占有取得は当初の瑕疵ある占有の復活でなく占有中断後の新たな原因に基いて前主の瑕疵のない占有を承継したことを意味する。したがつて、被告志賀の当初の占有侵奪を理由としてはもはや占有回収の請求権を有しないものといわなければならない。

第五、被告落合の答弁

請求原因第一項中、本件建物の所有者が当時石川禎であつたことは認めるが、その他は不知。

同第二項、第三項はいずれも不知。

同第四項中、被告落合が本件建物の共有持分の一部を買い取り、後に一時全部の所有権の登記名義人であつたこと、現在同被告が本件建物の一部を占有していることならびに被告田栗が被告社団法人アメリカンソサエテーオブジヤパンの代表理事であることは認めるが、被告落合が原告主張の頃本件建物の占有を取得したものであることおよび占有侵奪の事実を知つて占有を取得したとの点は否認する。その他は不知。

第六、被告田栗他二名の答弁

一、請求原因第一項ないし第三項は不知。

同第四項中、被告田栗、同社団法人アメリカンソサエテーオブジヤパンおよび同町井が本件建物を占有していること(但し被告町井は一階のみ)は認めるが、その他は否認する。

同第五項は争う。

二、本件建物は昭和三一年三月二一日訴外芝信用金庫のため形式上被告高柳および訴外山本の名義で競落されたが、実質上は同信用金庫がその所有権を取得したものである。すなわち、同信用金庫が競落代金および競落に伴う諸費用を全部支出したが、庶民金融機関としての性格上自己名義で競落することは好ましくなかつたので、その外務職員の被告高柳名義で競落したのであり、山本が共同競落名義人になつているのは、被告岩橋の策謀によるものにすぎない。

そして、同信用金庫は右競落後被告高柳を代理人として本件建物を占有させていた、(三階については、田村与四郎が原告の代理占有をしていたが、昭和三一年八月一五日頃これを被告高柳に任意に明け渡したのである)。その後同信用金庫は昭和三二年二月本件建物所有権を訴外日本土地建物株式会社に譲渡し、同月一三日被告田栗の主宰する被告社団法人に本件建物全部を賃貸し、同日被告高柳より被告社団法人に占有を移転させた。それ以来被告田栗と被告社団法人が本件建物全部を占有していたが、その後同年七月一日その登記簿上の所有名義が被告落合に移転し、同月八日持分二分の一が訴外佐藤ミヨシに移転したが、佐藤は同月一〇日被告社団法人から本件建物の一階を賃借し引渡を受け、その賃借権および所有権に基いて、佐藤と内縁の夫被告町井が一階部分を占有して今日に至つているのである。

右の次第で原告主張の頃その主張のように被告田栗他二名が被告高柳有限会社の占有を侵奪した事実は全くない。

第七、被告志賀他四名の主張に対する原告の反駁

一、第四の一の却下の抗弁に対し

給付請求に対する判決の既判力はそのよつて生ずる基本的権利の存否には及ばないわけであるから、給付請求と確認請求とは別ケの訴である。したがつて、物上請求としての占有返還の給付請求とこれを発生させる基本権と解される擬制的占有権の確認請求は別ケの訴とみるべきこと当然であるから、これを同一の訴とみる被告らの主張は誤りである。

二、同二の期間徒過の抗弁に対し

占有回収の訴は一ケ年以内に現実の占有者(侵奪者と承継者とを問わない)に対して提起すればたり、必ずしも侵奪者に対して提起しておかなければならないというものではなく、また、侵奪者に対して提起すれば必ずしも承継者に対して一ケ年以内に提起しなければならないとは限らない。いずれの場合でも一ケ年以内に現実の占有者に対して提訴すれば、民法第二〇三条但書に基き占有権は消滅しないものとして取り扱われ、占有者はいつでも占有回収およびその侵害による賠償を請求し得るのである。

三、同三の侵奪終了の主張に対し

被告志賀の当初の不法侵奪の状態は依然継続し、被告下田他三名がこの瑕疵ある占有を承継したのである。すなわち、

1  明渡断行の仮処分が執行されて原告に現実の支配が移動したことは認めるが、仮処分により本案判決があるまで一時占有の移動等を生ずるのは、本案判決執行保全のための一時的な民事訴訟法上の仮の処分にすぎず、実体上の占有移転の効力を生ずるものではないから、本件の原告から被告志賀に対する断行の仮処分による占有の移転は、占有回収の訴の当否につき斟酌さるべきではない。

2  右断行の仮処分の執行に際し、被告志賀は、警察力によつて引きずり出されたのではなくとも、執行吏から仮処分決定の提示をうけて退去したもので、強制退去というに妨げない。そしてその際執行吏が被告志賀の占有を取り上げて原告に使用を許す形をとつているのであるから、原告が被告志賀から直接引渡をうけたわけではない。実体法上、本案判決の執行によるか任意の合意による引渡のない限り、被告志賀の占有は継続しているものというべきである。

そしてその後断行仮処分の執行取消に際し、執行吏が被告志賀を呼び戻した行為が適法とすれば、取消による仮処分の効力の遡及的消滅によつて同被告を立ち入らせたので、同被告が本件建物に戻つたことは当初の不法侵入の継続を意味するわけである。

仮に断行の仮処分により右の侵奪関係が一旦解消され、実体上原告が占有を回復したものと解されるとしても、執行吏が昭和三一年八月一七日その執行取消に際し被告志賀を呼び寄せて再び占有させた行為は、侵奪状態を再現させたものである。すなわち、執行吏が取消決定中に表示がないのに同被告を独断で呼び入れたことは執行手続を逸脱した不法行為であり、その力をかりて侵入した被告志賀も実体上不法な占有の侵奪者であつて、これにより原告に対する新たな占有侵奪をなしたものというべきである。

3  かくして、当初の(もしくは右2による新たな)不法侵奪による被告志賀の占有が順次被告下田他三名に移転されたものであるから、被告志賀他四名とも占有回収ないし損害賠償の相手方とならないわけにはいかない。

第八、証拠関係<省略>

理由

第一、被告らに対する確認請求の当否

原告のこの点に関する主張は、要するに、民法第二〇〇条に基いて侵奪者ないし悪意の特定承継人である現占有者に対し占有回収の訴を提起したときはこれを条件として同法第二〇三条但書により被侵奪者の占有権は消滅しないとされているので、この保護された状態は擬制されたものであつても、占有権ないし占有の継続する法律関係と異ならないと解し、かつこれが占有返還請求権の基本となる権利であるとして、かかる権利の確認を求めるというようである。

しかしながら、占有権は所持の喪失によつて消滅することは多言を要しないところである。ただ同条但書は被侵奪者が占有回収の訴により勝訴したときは例外的にこの所持を喪失した期間も占有権が継続存在していたものと取り扱う趣旨にすぎないのであつて、占有権とは別の権利ないし法律関係を認めたものではなく、単に占有権の効力の一内容ないし占有回収訴権(占有返還請求権)の行使に特に付与された効果(例えば訴の提起に時効中断の効果が付与されているようなもの)にすぎず、これを右物権ないし物上請求権と別の権利ないし法律関係と解するのは相当でない。占有返還請求権は所持ないし占有を侵奪されたということにより発生するものであつて、もとより原告の主張するような擬制的占有権の存在を前提とするものではなく、その主張の両者が基本権とその発動としての請求権との関係にあるものとは考えられない。したがつて、占有権の存在とは別の法律関係の存在を前提とするいわゆる擬制的占有権なるものは、肯定し難いので、確認訴訟の対象とはなり得ない(確認の対象は原則として権利ないし法律関係でなければならないこというまでもない)というべきである。よつて原告が確認の利益として主張する点を検討するまでもなく、本件確認の訴は不適法として却下すべきである。

なお、被告志賀は、この点に関し同被告に対する占有返還請求と原告主張の擬制的占有権の確認請求は二重起訴の禁止に該当する旨主張するがその擬制的占有権なるものがそもそも確認の対象となり得る権利ないし法律関係とはいえない以上、右禁止を問題とする必要のないことは明らかである。

第二、被告志賀他四名に対する請求の当否

一、当事者間に争いがない事実(本件建物の占有移転の経緯)

1、原告が昭和一五年六月二〇日当時の所有者石川禎より本件建物(但し、原告本人の供述によつて成立の真正が認められる甲第一号証と同供述により、賃借当時二階建であつたが、その後原告がその一、二階を増改造したほか、中二階、三階を増築したことが認定できる)を期間の定めなく賃借し引渡を受けこれを占有していたこと、

もつとも、被告下田が昭和二九年一一月九日石川から本件建物を買い受けてその所有権を取得し、同月一七日、原告に対し、右賃貸借契約解除を理由とし東京地方裁判所昭和二九年(ヨ)第八、九八六号仮処分決定に基いて原告の本件建物に対する占有を執行吏に移転し、執行吏はさらに原告にその使用を許す旨の仮処分を執行していたこと、

2、ところが、被告志賀が、その後(昭和三〇年五月二一日か又は同月二六日かにつき争がある)原告の意思に反して本件建物の一階、二階、中二階の占有を取得したこと、被告志賀が右占有を取得する当時、被告下田において、被告志賀および三階に居住占有していた田村与四郎夫妻に対し昭和三〇年五月二三日同地方裁判所同年(ヨ)第二、八五八号事件をもつて被告志賀の一、二階、中二階に対する占有と田村の三階に対する占有を解きこれを執行吏の占有に委ねたうえ同被告と田村にそれぞれその使用を許す旨の仮処分決定を得、かつ同月二五日右昭和二九年(ヨ)第八、九八六号の仮処分の執行を解放したうえ、翌二六日右第二、八五八号の仮処分を執行したものであること(被告志賀の占有取得がこの仮処分の執行を濫用してなされたかどうか争いがある)、

3、そこで、原告は、昭和三〇年八月二日、同裁判所同年(ヲ)第一、〇〇一号執行方法に関する異議事件で右(ヨ)第二、八五八号仮処分の執行不許の決定を得、翌三日その執行をしたうえ、さらに同月九日、原告から被告志賀に対する同裁判所同年(ヨ)第四、四八九号事件をもつて、同被告の占有を解き執行吏保管のもとに原告の使用を許す旨のいわゆる断行の仮処分を得、同月一一日これが執行を完了し、同被告をその占有する一、二階、中二階より退去させ、執行吏保管のもとに原告がその使用占有(これがどのような効果をもつものであるかにつき争いがある)をなしてきたこと、

4、しかし、昭和三一年四月二日、被告高柳および訴外山本解寿が共同で本件建物を競落し、同年八月一七日原告に対し第三者異議の訴を提起し、これより先の同月一五日右異議の訴を前提とする同裁判所同年(モ)第四、七五三号事件をもつて右断行仮処分の取消決定を得、同月一七日その執行をなし、原告を一、二階、中二階より退去させて、被告志賀が再びこれに立ち入つたこと(この同被告の占有が当初の侵奪による占有の継続とみるか、新たな取得とみるか争いがある)、

そして、被告高柳および同岩橋が山本と共に同日被告志賀より本件建物の引渡をうけて占有を開始し、その後被告高柳有限会社がその占有を取得した(いずれも占有承継の日時、態様に争いがある)こと、

5、ところが、その後昭和三二年五月頃被告落合、同田栗、同社団法人アメリカンソサエテーオブジヤパン、同町井らが被告高柳有限会社の占有を侵奪して、被告田栗他二名と同落合が現在本件建物を占有していること、

二、被告志賀に対する請求の当否

(一)  占有回収につき

原告は前項2記載の同被告の占有取得は被告下田、同岩橋と共謀して仮処分を濫用して原告の占有を侵奪した旨主張する。

(イ) 成立に争いがない甲第九号証ないし第一五号証、同第一七号証、同第七八号証、同丙七号証の三の(ハ)、同号証の七の(ヌ)、(ル)、(オ)、成立の認められる甲第六七号証、同第六八号証および証人西直吉、同田村ノリ、同田村与四郎の各証言ならびに被告岩橋、同志賀、原告喜多の各本人の供述を総合すると、

原告は、石川より賃借後本件建物でキヤバレーおよび遊技場を経営していたが昭和二八年頃からは一時営業を中止していたこと、しかし昭和三〇年五月当時には一階はパチンコ遊技場でそのための機具一一七台その他造作を備え付けてあり、二階はキヤバレーで二階には接客用のテーブル、椅子等三〇組を置いてあり、三階は事務所、従業員の更衣室および留守番田村与四郎夫妻の居室になつており(右機械類、造作等はいずれも営業当時の状態でおかれていた)、原告は田村与四郎に右居室に起居させるとともに同人らに本件建物全体の管理を委任して本件建物全体の占有を維持していた(三階については原告と田村与四郎との間に使用貸借関係が存在し同人が代理占有者の関係にあつた)こと、他方石川より原告に対し無断増改造等を理由とする賃貸借解除に基く賃貸借終了による明渡訴訟の継続中であつたが、被告岩橋はすぐに使えることをあてにして本件建物で営業をする目的で内縁関係にあつた被告下田名義でこれを買い受け、被告下田名義で原告に対し賃貸借解除の意思表示をなし、これを理由として前記昭和二九年(ヨ)第八、九八六号の仮処分を執行していたが、原告と石川との右訴訟が順調に進行せず何時本件建物を使用できるか予想がつかなかつたこと、ところが被告志賀は被告岩橋よりかかる事情を聞き原告が本件建物を占有していることを熟知しながら、昭和三〇年五月二一日午後九時頃配下の者二、三名をひきつれ本件建物に侵入しこれを占拠しようとしたが、原告が田村からの連絡で警察官の救援を求め直ちに被告志賀らを退去させたこと、しかるに、被告岩橋は、同じく被告下田名義で被告志賀が同月二一日より本件建物の一、二階、中二階を占拠している如く虚偽の事実を申し述べて同月二五日被告志賀および田村与四郎に対する前記第二、八五八号仮処分決定を得たうえ、同日これが執行の障害となる被告下田より原告に対する右第八、九八六号の仮処分の執行を解放して、翌二六日西執行吏に委任して右仮処分の執行をしたこと、そして右執行に際して被告志賀は配下二、三名を同行し、西執行吏と相前後して本件建物に侵入し、同執行吏に対し一、二階、中二階は恰も自分が占有しているように主張して右仮処分の執行を可能にしようとしたこと、ところが同執行吏においてはこれより先の同年四月六日被告下田から原告に対する前記昭和二九年(ヨ)第八、九八六号仮処分について点検を実施したこともあり、また田村与四郎から原告の占有である旨異議が述べられかつ同人の連絡で右執行を知つた原告が同執行吏に直接電話で事情を説明し直ちに現状に赴く旨の申出がなされたにも拘らず、被告志賀の言葉どおりその占有を認定して右第二、八五八号の仮処分の執行をなした(なお、その後、原告から被告下田、同志賀に対する前記昭和三〇年(ヲ)第一、〇〇一号執行方法に関する異議申立事件で右執行は原告の占有を無視してなしたものであるとの理由で取り消され、同年八月三〇日その執行がなされた)こと、

以上の各事実が認定できる。

右認定に相違する証人西の証言部分および被告岩橋、同志賀の各本人の供述部分はたやすく措信できず、他に右認定を覆すにたりる証拠は存在しない。

そして、右認定事実と、原告本人の供述によつて認められる、被告岩橋が右執行終了直後に本件現場に到り、原告および原告の要請により来場した警察官に対し被告志賀の使用占有を擁護する態度に出ているのみならず、その後同月二九日頃には被告志賀とともに自ら指揮して本件建物内に存在した原告の機械類、造作を取り外してこれを破壊する等の行為をなしている事実、さらに後記認定のように、被告高柳、訴外山本から原告に対する第三者異議の訴を前提とする断行仮処分執行の取消の執行により被告志賀が再度本件建物を使用できる状態になつたのに直ちにその占有を被告高柳らに引き渡している事実等を考え併わせると、被告岩橋が被告下田名義をもつて被告志賀と相謀つて右第二、八五八号仮処分を騙取し、これを濫用して原告の本件建物に対する占有を侵奪しようとしたものと認めるに十分である。

また被告下田についても、右第二、八五八号の仮処分は同被告名義でなされ、その実質的遂行者である被告岩橋と内縁関係にあつたわけであるから、これが被告下田の不知の間に或いは意思に反してなされた等の特段の事情が認められない本件においては、被告下田もまた右侵奪の共謀者といわざるを得ないところである。

(ロ) ところで、被告志賀は右第二、八五八号仮処分の執行により執行吏の代理占有を通じて自己が間接占有を有している関係にあると考えられ、他方その仮処分は原告を債務者としているものではないから、原告の従前の占有関係には影響がないものとも解される如くであるが、同被告はかかる仮処分の執行を濫用して原告の占有を排除していることは明らかであり、また原告と執行吏との関係においても執行吏において直接にも間接にも原告のために占有している関係を見い出し難いから、同被告は昭和三〇年五月二六日右仮処分を濫用して原告の占有を侵奪したものとみるのが相当である。

そして、一般的には、一応債務者より占有を取り上げる権限のある国家機関の執行行為によつて占有を奪われたときは原則として民法第二〇〇条による占有回収を求めることはできないとされているわけではあるけれども、右認定事実によれば、右仮処分は原告の占有を取り上げることを認めているものではなく(したがつて、この限りでは単純に執行行為に基く占有の侵奪とはいえず、右執行々為は原告の占有喪失につきむしろ間接的な因果関係を有するにすぎない)、かつ、これが決定を得、その執行をなすに及んだ被告志賀、同岩橋らの目的手段等が著しく社会通念に反し右仮処分を濫用した行為は公序良俗に反することが極めて大であるから、原告の意思に反した本件一、二階、中二階に対する占有の喪失と右仮処分執行との間に全面的にその因果関係を否定できないとしても、原告を相手方とする仮処分の執行でなく、かつ前記のような特殊の事態にある本件では仮処分の執行がなされたとの一事の故に占有回収の訴が許されないと解すべき理由はないと考える。

したがつて、右認定の事情のもとにおいては、被告岩橋、同志賀らによる同条所定の占有侵奪があつたものとして占有回収の訴により占有の返還を求め得るものといわなければならない。(なお最高裁判所第一小法廷昭和三五年(オ)第一三四号の判決は執行行為による占有侵奪につき占有回収の訴を提起できる場合を可成り限定的に解しているが、右事例は執行機関が債務者よりその占有を取り上げる権限を有している場合であつて、本件にそのまま妥当しない)

(ハ) しかしながら、占有回収の相手方は現にその侵奪物件を占有している者に限るべきこと多言を要しないところ、被告志賀においてその占有を有していないこと前記のとおりであるから、原告が同被告に対し占有回収の訴によりその返還を求める請求は理由がなく棄却を免れない。

(二)  損害賠償につき

被告志賀は故意に原告の占有を侵奪したとみるべきこと右説示のとおりであるから、一応右侵奪に基く損害を賠償する義務を負担するに至つたものといわなければならない。

しかし、右損害賠償請求権は、不法行為によるそれと同性質のものではあるけれども、占有返還の請求と同じく占有を侵奪されたことに基いて発生するものであるからには、これについても短期間に処理解決されることが要請される筋合であるから、その存続については民法第二〇一条第三項の一年の期間の制限があると解すべきところ、原告において右侵奪の昭和三〇年五月二六日より一年間を経過した昭和三二年七月八日、同日付「請求の趣旨追加拡張の申立」と題する書面によりはじめて右請求の訴を提起したこと本件記録上明白であるから、右請求権はすでに消滅したものというべきである。

ところで、原告は前記一の4に記載する昭和三一年八月一七日断行仮処分取消の執行により同被告が再度本件建物に立ち入つたことをもつて新たな侵奪ともみられる旨の主張をもしているので、これによると右損害賠償請求は右一年の制限内に提起されたことになるわけであるが、右立入が新たな侵奪行為といえないことは後に判断するとおりであるから、いずれにしても、占有侵奪を理由とする右損害賠償の請求は失当として排斥すべきものである。

三、被告下田、同岩橋、同高柳、同高柳有限会社に対する請求の当否

(一)  同被告らの占有承継

1、原告が昭和三〇年八月一一日被告志賀に対する断行仮処分の執行により同被告を退去させ、執行吏保管のもとに一、二階、中二階の占有をなしてきたこと、ところが、昭和三一年八月一七日右執行の取消の執行で原告は右部分より退去し、同被告が再びこれに立ち入り、被告下田を除く右被告三名が被告志賀より右部分の占有を承継したものであることは前記一の3、4記載のとおりである。

原告は被告下田においてもこれを承継した旨主張するところ、右のように断行仮処分取消の後被告志賀より占有を承継した被告高柳有限会社の代表取締役となつたことは被告下田の認めるところであるけれども、同被告が個人として特に占有を有するとの特段の事情のないかぎり、単に代表取締役であることから当然に個人として占有を有するとはいえないし、本件全証拠によつてもかかる特段の事情、その他被告志賀の占有を承継した事実を認むべき証拠はない。

なお、被告下田は被告志賀の占有侵奪につき共謀者としての責を負わざるを得ないことはさきに認定したところであるが、これと、その後に被告志賀の占有を承継したかどうかは別ケの問題であることは勿論のことである。

2、しかして、原告はこの承継をもつて前記(二の(一))の被告志賀の侵奪による占有のそれであると主張し、被告らは、断行の仮処分の執行により被告志賀の占有侵奪の状態は終熄し、右仮処分執行の取消執行により同被告は瑕疵のない新たな占有を取得し、右被告三名はこの瑕疵のない占有を承継したものであつて、当初の侵奪による占有の承継ではないと主張する。右断行の仮処分の執行により執行債務者である被告志賀の実体法上の占有はどのような影響を受けるかについては見解の分かれるところであるが、執行吏が同被告の占有を解いたというのはその直接占有を取得したというに止まり同被告は以後執行吏を通じて間接占有者となつた(原告もまた直接占有者である執行吏を通じて間接占有をなす者)とみるのが妥当な考方というべきであるから、被告志賀は依然当初の侵奪による占有を継続しているものと解するのが相当である。この点につき、被告らは、右断行仮処分執行の際被告志賀は従前の占有を放棄ないし任意に原告に返還した趣旨をも主張しており(被告志賀他四名の主張三の2)、成立に争ない丙第六号証の一ないし三によれば、その主張(右2の(ロ))の経緯により執行がなされた旨の記載があるが、かかる事実によつては未だ任意の譲渡ないし放棄があつたとは認められないし、他に右主張を認めるにたりる証拠はない(むしろ、被告志賀の供述によると右仮処分の執行のため意思に反しやむなく退去したことが窺われる)。

3、次に原告は被告志賀が右断行仮処分執行の取消執行により執行吏から一、二階、中二階の引渡を受けて再度これに立ち入つたのは新たな占有侵奪ともいい得る旨主張する。

しかし、執行吏が被告志賀にその引渡をなしたのは断行仮処分執行当時の状態(この時同被告が占拠していたことは当事者間に争いがない)に復するため取消の執行としてなしたものであり、適法な当然の執行行為であるし、しかも占有移転の態様よりみれば、原告の代理占有者とみられる執行吏より任意に占有の移転を受けた関係にあるから、間接占有者である原告の占有を侵奪したといえないこと多言を要しないところである。

4、被告高柳、同有限会社、同岩橋の占有承継についての悪意

被告高柳につき。

同被告本人の供述によると、右承継当時同被告自身としては被告志賀の侵奪の事実を知らなかつたもののように窺われるけれども、同供述、成立に争がない甲第二〇号証、同第二一号証、同第六九号証に徴すると、同被告は、本件建物の引渡をうけるについて一切の権限を授与した代理人堀内弁護士を通じて被告志賀から占有の移転を受けたものであるところ、同代理人は訴訟代理人として前記第三者異議事件およびこれに付随する断行仮処分執行取消の申請をなしたものであることが肯認できるから、右取消申請については、右断行仮処分申請の事情を当然調査したものと推測され(右の異議事件の訴状である右甲第二〇号証と右取消申請書である同第二一号証の記載によると、被告下田、同志賀と原告の紛争等につき可成り調査しているように窺われる)、原告の右仮処分申請書中には被告志賀の侵奪の事情を詳細に記載されていることは成立に争がない甲第四九号証によつて明らかであるから、他に特段の反証のない本件においては、同代理人においては、その占有取得の際被告志賀の侵奪の事情を知つていたとみるべきである(占有承継についての悪意の有無については占有権保護の性質上、実体上の権利関係の有無、すなわち本権の存否についての善意、悪意は問うところではないから、右のように被告志賀が原告の意思に反してその占有を取得した事情を知れば、これをもつて悪意の承継取得であると解して妨げない)。したがつて、被告高柳は、占有取得につき悪意の代理人である同弁護士を通じて占有を取得した以上、民法第一〇一条の準用により、悪意の特定承継人というべきである。次に被告岩橋が悪意の承継人であることは前説示のところから明白である。

被告有限会社については、同会社は代表者を被告下田として昭和三一年一一月一三日設立されその頃占有を承継したことは成立に争ない甲第五〇号証と被告岩橋、同高柳の各本人の供述により明らかなところ、被告下田においては被告志賀と共謀して占有を侵奪した者とみるべきこと前記(二、(一)のイ)のとおりであるからには、同被告会社も悪意といわなければならないので、被告有限会社も悪意の占有承継者である。

5、以上要するに、被告高柳、同有限会社、同岩橋はいずれも被告志賀の昭和三〇年五月二六日の侵奪による一、二階、中二階の占有を悪意で承継した者とみなければならない。

(二)  損害賠償請求につき、

民法第二〇〇条による占有侵奪に基く損害賠償請求の相手方は、故意又は過失により現実に占有を侵奪した者およびその包括承継人とみるべきであるから、たとえ悪意の承継人であつても右侵奪に加功していないかぎりこれが賠償義務者とはいえない。

したがつて、被告岩橋および同下田は被告志賀の侵奪に加功していることは前説示のとおりである(その余の被告らについてはこれを認めるにたりる証拠はない)から、右侵奪による損害賠償の義務を負担したといわなければならないけれども、同被告らに対してこれが請求の訴を提起したのは被告志賀の侵奪より一ケ年を経過した昭和三二年八月二日であることは記録上明白であるから、右請求はこの点において失当と解すべきである。また被告志賀が昭和三一年八月一七日断行仮処分の取消により再度本件建物に立ち入つたことが新たな侵奪といえないことは前項の3で判断したとおりであるから、右の日をもつて損害賠償請求権存続の期間の起算点とはなし難い。

さらに原告の右被告ら全部に対する請求は、弁論の趣旨上、原告の占有侵奪者ないし悪意の特定承継人に対する占有返還請求権を侵害したことによる損害の賠償を求める趣旨にも窺われるのであるけれども、かかる損害賠償請求権もまた結局において占有そのものの侵害に基いて発生するものであるからには、その発生の時期、存続期間もまた、右と同じく一年の期間的制約があると解するのが相当であるから、原告の主張をこのように考えても所詮理由がないこと明らかである。

(三)  してみると、被告下田他三名に対する請求はいずれも失当として棄却すべきである。

第三被告田栗他二名および被告落合に対する請求の当否

一、占有回収につき

(一)  被告志賀の占有侵奪

成立に争いがない甲第九号証ないし第一一号証、同第一五号証、同第一七号証、被告落合との間では成立に争がなく被告田栗他二名との間では右争いがないことにより成立の認められる甲第一二号証、同第一三号証、同第四九号証、被告田栗他二名との間では成立に争いがなく、被告落合との間ではこれにより成立の認められる甲第六七号証、同第六八号証、被告田栗他二名との間では成立に争いがなく、被告落合との間では公文書であることにより成立の推定される甲第七八号証および証人西、同田村ノリの各証言ならびに被告志賀、原告の各本人の供述によれば、前記第二、二、(一)の(イ)記載のとおり、被告志賀が、昭和三〇年五月二六日、被告岩橋、同下田と通謀して本件建物一、二階、中二階に対する原告の占有を侵奪したことが認定でき(証人西の証言および被告岩橋、同志賀の各本人の供述のうち右認定と異る部分はにわかに措信できず、他にこれを妨げるにたりる証拠はない)、これに対し占有回収の訴を提起できること同(ロ)に記載したとおりである。

(二)  侵奪状態の継続

そして、右甲第七八号証、公文書であることにより成立の推定される丙六号証の一ないし三および被告志賀、原告の各本人の供述によれば、原告は、昭和三〇年八月三日、被告下田から同志賀に対する右第二、八五八号の現状維持の仮処分の取消の執行をなしたが、これによつては同志賀の退去を強制できないので、さらに同月九日、原告から同被告に対する断行仮処分の決定を得、同月一一日その執行を完了し、同被告をその占拠する一、二階、中二階より退去させ、執行吏保管のもとに原告が現実の使用を回復するに至つたことが明らかであり、これを左右する証拠はない。

右認定によると、被告志賀は一旦その占有部分から退去したが、間接占有ながら当初の侵奪にかかる占有状態を継続しているとみるべきこと前記第二、三、(一)の2のとおりである。

(三)  被告志賀の占有の移転

次いで、前出甲第六七号証、同第六八号証、成立に争いがない甲第二二号証、同第二三号証、同第五二号証、同第五三号証、同第七四号証、同第七五号証、同第八四号証、同第八五号証、被告落合との間では成立に争いがなく、被告田栗他二名との間ではこれにより成立の認められる甲第二〇号証、同第二一号証、同第六九号証、被告落合との間では成立に争いがなく、被告田栗他二名との間では公文書であることにより成立の推定される甲第五〇号証、被告田栗他二名との間では成立に争いがなく、被告落合との間では公文書であることにより成立の推定される甲第七二号証、同乙第二〇号証、被告田栗他二名との間では公証人作成部分の成立に争いがなくその余の部分の成立が認められ、被告落合との間では成立が認められる甲第七〇号証、同第七一号証、原告本人の供述により成立の認められる甲第二八号証、同丙第六号証の一ないし三、成立の認められる甲第七三号証および証人田村与四郎の証言ならびに被告岩橋、同高柳、同田栗、原告の各本人の供述を総合すると次の事実が認められる。

1、原告は、右のように昭和三〇年八月一一日より執行吏保管のもとに本件建物一、二階、中二階の現実に使用を回復したのであるが、その後被告三一年四月二日本件建物が競売に付され被告高柳と訴外山本が被告下田よりこれを共同して競落し、その所有権が右両名に移転したこと、もつとも、実質的には、被告岩橋が訴外芝信用金庫の外務社員被告高柳の斡旋により同金庫より競落代金を借り受け、自己の名を表面に出さず、右両名の名義で競落したものであつて、被告高柳が競落名義人となつたのは、同金庫から右貸金の担保のために同被告を名義人に加えてもらいたいと要請されたことによるものであり、訴外山本が同じく名義人に加わつたのは、被告岩橋の友人であつて被告高柳の独占的地位を制約する意図によるものにすぎないこと、ところが、右競落に拘らず右のように原告が被告志賀に対して断行仮処分をなしておりこれを使用することができなかつたところから、被告高柳、訴外山本両名は、堀内、村上両弁護士を代理人として、本件建物についての原告の賃貸借はすでに解除により消滅し原告においてなんらの権限もないのに右断行仮処分が存在し本件建物所有権行使の妨害をなしていることを理由とし、昭和三一年八月一七日原告に対し第三者異議の訴を提起したが、これより先、右訴提起を前提として同月一五日東京地方裁判所同年(モ)第四、七五三号事件をもつて右断行仮処分執行の取消決定を得、同月一七日、執行吏に委任して原告を一、二階、中二階より退去させ、右占有を執行吏より被告志賀に引き渡し、もつて右執行をなしたこと、ところが、被告志賀は右現実に回復した占有をその場で直ちに、被告高柳、訴外山本両名より本件建物の明渡し、引取り方に付き一切の権限を委ねられている代理人堀内弁護士に引き渡したので、ここにおいて右両名が右一、二階、中二階の占有を取得し、以後占有を続けてきたこと、そして、被告岩橋においては、被告高柳との間で、当初の目的どおり、右競落当時から本件建物で会社組織で飲食店営業を遂行することを計画していたので、同年九月五日、右会社設立のときに同会社に承継させることを前提として、被告高柳と訴件山本から本件建物を賃借しその引渡しを受け、その頃より被告岩橋が資金の調達、工事の指揮等にあたつて本件建物を右営業向きに改装工事を実施したこと、そしてその間の同年一一月一三日被告下田を代表者として被告高柳有限会社が設立されて同会社が被告岩橋の右賃借権を承継し、その後昭和三二年五月頃右改装工事が完了して、ただ開店をまつばかりとなつていたこと、なお、三階については、前認定(二、(一)の(イ))のように、田村与四郎が原告の留守番としてこれを代理占有していたところ、これに対し被告下田より昭和三〇年(ヨ)第二、八五八号現状維持仮処分が執行されたわけであるが、昭和三一年三月三〇日これが解放され、以後従前どおりこれを代理占有していたが、同年一二月下旬被告岩橋、同高柳、同有限会社の代理人堀内弁護士に任意にその占有を引き渡し、右昭和三二年五月頃は同有限会社が右のようにこれを占有していたこと、

2、ところが、被告田栗他二名と被告落合は、本件建物の所有権が他に移転したことおよび昭和三二年二月頃より被告社団法人アメリカンソサエテーオブジヤパンないしその代表者被告田栗が被告岩橋に右工事費を融資していたこと等を口実として、本件建物の占有を取得してこれを使用しようと企て、同年五月一二日被告町井、同田栗が配下の者一〇数名を指揮して本件建物に侵入し、その際その場に居合わせた被告有限会社の留守番本間本三の連絡により直ちにその場に駈け付けた被告岩橋の強い抗議に対し、被告町井らは「建物の共有者落合の代理で来た」などと申し向けて明渡を要求したけれども、警察官の説得、制止により侵奪の目的を果さず、その日は一旦引き上げたので、その後被告有限会社が依然占有を継続していたこと、その間も被告町井、同落合は被告岩橋に本件建物の使用許諾を迫つたが同岩橋においてこれを拒絶するや、同月二六日午後五時頃被告田栗が同町井の配下約二〇名をひきつれて本件建物に再度侵入し、留守番の本間本三、高原恵一郎を外に連れ出し、その間に本件建物の出入口を閉鎖し、同田栗において立入を求める同人らに本件建物は同被告らの占有に帰したものであつて被告有限会社にはなんらの権限もない旨宣言し、その入居を峻拒し、かつ掲示されていた同有限会社の看板を取り外して新たに硝子戸に「銀座クラブ」などと書き入れ自己の占有を表示し、もつて本件建物全体の占有を侵奪したこと、その後被告社団法人、同田栗が本件建物全体の直接占有を続けていたが、同年七月一〇日以降被告社団法人が一階を被告町井に賃貸してこれを直接占有させ、現に一階は町井が直接占有し、その余は被告田栗と同社団法人が共同占有しており、被告落合もまた本件建物一部を占有している(右の各被告の現在の占有状態については当事者間に争いがない。本件全証拠によつても、被告落合の占有部分およびそれが直接占有か間接占有かについては明らかではない)。

以上の各事実が認められる。

前掲乙第二〇号証の記載、および被告田栗の供述中右認定に反する部分はにわかに措信できないし、成立の認められるその余の乙号証によつても右認定を覆すにたりないし、その他これを妨げるにたりる証拠は存在しない。

右認定事実によれば、被告志賀は昭和三一年八月一七日仮処分執行の取消執行により一、二階、中二階の間接占有のみならず直接占有を回復し、次いで直ちに被告高柳、訴外山本の代理人堀内弁護士を通じてこの両名に引き渡し、その後同年九月五日に被告岩橋に、さらに同年一一月一三日被告高柳有限会社(代表者被告下田)に順次移転し、同被告会社が同年一二月下旬原告の代理占有者田村より任意引渡を受けた三階部分を加え本件建物全部を占有していたところ、被告田栗他二名と被告落合が共謀して昭和三二年五月二六日被告有限会社の右占有を侵奪行為により被告田栗と同被告の代表する被告社団法人に取得せしめ、以後右被告一名が占有を続けていたが、同年七月一〇日被告社団法人が一階を被告町井に賃貸しその直接占有を与え、他方被告落合が本件建物の一部を占有し、現在に至つていることが明らかである。

原告は被告田栗他二名と被告落合が昭和三二年五月二六日三階部分を新たに侵奪した趣旨を主張するけれども、右のように原告の代理占有者田村がすでに任意に占有を被告有限会社に引き渡した以上これにつき侵奪の有無を問題にする余地のないこと多言を要しない。

3、しかして、被告岩橋が悪意の承継人であることは右の認定により明らかであり、かつ被告下田が同志賀の侵奪行為の共謀者であるとの右認定事実と前出甲第二〇号証、第二一号証、第四九号証、第五〇号証、第六九号証および被告高柳本人の供述を綜合すると、さきに第二、三、(一)の4で判断したとおり、被告高柳、同高柳有限会社もまた悪意の承継人といわなければならない。

(四)  被告田栗と被告社団法人の悪意の承継

占有は自己のためにする意思と所持によつて成立するもの(換言すれば新支配関係の成立)であつて、本来前者の占有の瑕疵を承継するというわけではないから侵奪者の特定承継人に返還を請求できないことを原則とするけれども、かかる者であつても侵奪を知つていれば保護に値いしないとする民法第二〇〇条第二項但書の法意に徴し、同項の悪意の承継人というのは、占有の侵奪があつたとき被侵奪者の従前の占有と侵奪による占有のいずれを保護した方がより妥当であるかとの見地より考えるべきであるから、単に任意に占有の移転を受けた者に限らず、侵奪者又は承継人よりさらに悪意で侵奪した者を含むと解するのが相当である。

そして、前出甲第二八号証および被告田栗、原告の各本人の供述によると、被告田栗は、その占有を侵奪する以前の昭和三二年四月頃より同年五月上旬にかけ原告と再三直接に会つて被告志賀の前記侵奪の事情を詳細に聞き知つていることが肯認できるから、被告田栗およびその代表する被告社団法人は同条にいう悪意の特定承継人とみるべきである。

しかし、その余の被告らが被告有限会社の占有侵奪ないしその後の承継当時被告志賀の侵奪の事実を知つていたことを認めるにたりる証拠はない。

なお、弁論の全趣旨によると、原告は被告らが原告の占有を新たに侵奪した趣旨をも主張しているようにもみえるけれども、原告において直接にも間接にも所持を有しない以上これが侵奪ということのいえないことは多言を要しない。

そうすると、原告は、被告田栗と被告社団法人に対し、その直接占有する、中二階、二階部分の引渡および被告社団法人に対し同被告が一階につき被告町井に対し有する代理占有関係の移転又は返還請求権の譲渡を請求できるに止まるというべきである。

しかし、原告が右代理占有関係の移転を受けても被告町井より当然その明渡を求められるものではないし、その実体上の権利関係すなわち被告社団法人と同町井との賃貸借関係も引き継ぐわけではないから、弁論の全趣旨に徴し、かかる関係の移転を求める意思がないものとみるのが妥当である。

(五)  期間遵守の有無

ところで、被告田栗と同社団法人に対する占有回収の訴の提起は、被告志賀の侵奪の時より一年を経過した昭和三二年八月二日であること本件記録上明瞭であるから、民法第二〇一条第三項の返還請求権の存続期間を徒過したものではないかとの疑問がある(被告らはかかる主張をしていないけれども、右期間徒過の有無はそれが除斥期間と解する以上権利行使の要件と解すべきである)。

しかしながら、同項は被侵奪者が現に占有する侵奪者ないし悪意の承継人に対し右期間を遵守し一年内に訴を提起しているにも拘らず、その占有がさらに悪意の承継人に移転されたときに、その承継人に対してもなお当初の侵奪の時より一年内に訴を提起することまでも要求している(承継人には右のように侵奪者をも含むとみると訴訟承継の手段にもより得ない)とまでは解し難い。

すなわち、右期間の趣旨は、紛争を迅速に処理しようとの要請によることも無視できないけれども、事実的支配関係の撹乱状態は一定期間の経過によつて平静に復しそこに新たな支配関係が成立したと認められるところから、一旦平静に復したからにはもはや従前の支配関係の回復を許さないとする趣旨からこれが法定されていることもまたいうを俟たないところ、右期間内に占有返還請求権を行使するかぎり訴訟係属中に一年を経過してもその返還を受けるまではなお右の撹乱状態が継続しているといい得るし、かつ右のように返還請求権が行使され、従前の支配関係が回復保護されんとしているのに、右一年を経過した以上は、これを知りながらその占有を取得して右保護を妨害する者に対しても新たな訴の提起が許されないと解することは、前記悪意者を保護しないとの趣旨に鑑み、当を得ないところと考えられる。したがつて、侵奪の時から一年内に回収の訴が提起されこれが係属中であるのに、侵奪の事実のほか右訴の提起を知つて占有を承継した者(右のとおり侵奪者も含む)に対しては右法定期間に準じこれを承継した時より一年内は新たに訴を提起できる(占有返還請求権を行使できる)と解するのが相当である。

そして、被告志賀に対する占有返還の訴の提起につき侵奪の時より一年内の期間を遵守しておりかつ被告田栗、同社団法人の右占有承継の昭和三二年五月二六日から一年内である同年八月二日に被告田栗、同社団法人に占有返還の訴が提起されていることが記録上明らかであり、前出第二八号証および被告田栗、原告の各本人の供述によれば被告田栗、したがつて被告社団法人もまた、右承継当時被告志賀に対する右訴の提起の事実を知つていたことが認められないわけではないから、右被告両名についてはこれが返還に応ずる義務があるといわなければならない。

(六)  してみれば、原告が被告田栗、同社団法人に対し本件建物中二階、中二階の明渡を求める点は理由がありこれを認容すべきであるが、同被告らに対する一階、三階の明渡請求およびその余の被告らに対する明渡請求はいずれも失当として排斥すべきである。

二、損害賠償につき

被告らが被告志賀の侵奪に加功したことを認めるにたりる証拠は存在せず、しかも原告が被告らに対し右賠償請求の訴を提起したのは、被告志賀の侵奪の時より一年を経過した(同被告に対する賠償請求についても一年を経過している)昭和三二年八月二日であること記録上明白であるので、これが理由のないことは前記第二、二の(二)に判示したとおりであるから、右請求は失当として排斥を免れない。

第四結論

原告の被告らに対する請求中、原告が昭和三二年(ワ)第六、一三七号事件をもつて、被告田栗と同社団法人に対し本件建物の二階、中二階の明渡を求める請求は理由があるのでこれを認容すべきであるが、同事件および同年(ワ)第六、五二三号事件をもつて、被告らに確認を求める部分はいずれも不適法として却下し、その余の請求はすべて失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 園田治 山之内一夫)

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